日本全国に残る洋館を紹介していきます。


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カテゴリ:関東甲信越( 6 )

開智学校(長野)

またまた空いてしまいましたが、26件目は長野県松本市の学校をご紹介します。


旧開智学校は、長野県 松本市 開智(地図)にある学校で、木造漆喰壁2階建ての建物は明治9(1876)年に建てられました。
当初は女鳥羽川畔に建っており、昭和38年まで小学校として使われていたそうです。

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その後、昭和39年に現在地に移築され、現在は教育博物館として一般に公開されています。
工事費は約1万1千円とのことですが、教育を重んじる県らしく、うち約7割は松本町民の寄附によって集められたそうです。
大工棟梁・立石清重(たていしせいじゅう)によって建てられ、建築に先立って東京や横浜の洋館を見て回り参考にしたようです。

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昭和36年に重要文化財に指定されています。

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by okuruma1970y | 2012-10-08 00:27 | 関東甲信越

黒羽根内科医院(群馬)

また少し空いてしまいましたが、25件目は群馬県伊勢崎市の病院兼住宅をご紹介します。


旧黒羽根内科医院は、群馬県 伊勢崎市 曲輪町(地図)にある病院兼住宅で、木造横羽目板張り2階建ての建物は明治45(1912)年に建てられました。
当初は、伊勢崎藩医の家系(娘婿)であった今村信四郎が、今村医院として同市本町に建てた後、戦後に黒羽根氏が購入して黒羽根内科医院となり、昭和59年まで使われていたそうです。

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その後、平成14年に伊勢崎市に寄贈され、本町から曲輪町まで100mほど曳き家(解体せず建物ごと移動させる工法)した上で、現在地で復元修理が行われました。
棟札から、設計技師:阿部石松、棟梁:藤丸兼吉、副棟梁:相崎倉吉によって建てられたことがわかっています。

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市民の公募により「いせさき明治館」と名付けられ、現在は街の拠点施設として利用されています。

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by okuruma1970y | 2012-03-20 14:06 | 関東甲信越

青木周蔵那須別邸(栃木)

24件目は栃木県那須塩原市の個人住宅をご紹介します。


旧青木周蔵那須別荘は、栃木県 那須塩原市 青木(地図)にある個人住宅(別荘)で、木造スレート貼り2階建ての建物は明治21(1888)年に建てられ、その後の増築を経て明治42(1909)年に現在の形になりました。
この那須別邸は、明治中期に伊藤博文を始めとした明治の元勲が開拓した農場の一つとして、青木周蔵が開いた青木農場内に建てられた別荘でした。

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青木周蔵は、ドイツ留学の後に外務省に入省し、駐独公使や外務大臣、駐米大使を務めた外交官で、留学や赴任を通してドイツと関係が深く、駐独公使在任中にドイツ貴族の令嬢・エリザベートと結婚したことなどから、ドイツ翁とも呼ばれていたそうです。
設計は、ドイツで建築を学んだ松ヶ崎萬長(まつがさき つむなが)で、公家の家系ということもあってか男爵も授与されていました(後に返上)。
松ヶ崎が設計した建物は、台湾の新竹駅舎など国外には現存しているものの、この那須別邸は国内に現存する唯一のものです。

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現在は国の重要文化財に指定され、当初の場所から50mほど移されて、道の駅「明治の森・黒磯」内で一般に公開されています。

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by okuruma1970y | 2012-01-29 11:23 | 関東甲信越

石川組製糸西洋館(埼玉)

23件目は埼玉県入間市の企業迎賓施設をご紹介します。


旧石川組製糸西洋館は、埼玉県 入間市 河原町(地図)にある企業迎賓施設で、木造レンガタイル貼り2階建ての建物は大正10(1921)年に建てられました。
石川組製糸の創始者・石川幾太郎が、生糸の輸出先であったアメリカの貿易商を招くために、見くびられないように立派な洋館を建てたそうです。

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この西洋館の他、厨房か暖房用ボイラーか、はたまた宿泊用風呂かのための煙突を備えた平屋の別館が連なっており、国の登録有形文化財に指定されています。
東京帝国大学卒の室岡惣七の設計、川越の宮大工・関根平蔵の施工で建てられました。

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戦後の一時は進駐軍将校官舎として使われたものの、長らく石川家が所有していたようですが、建物は寄贈、土地は譲渡という形で現在は入間市が維持・管理し、春から秋にかけて月に2回程度、一般に公開されています。

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by okuruma1970y | 2012-01-07 22:50 | 関東甲信越

シャトーカミヤ旧事務室(茨城)

22件目は茨城県牛久市の工場施設をご紹介します。


シャトーカミヤ旧事務室は、茨城県 牛久市 中央(地図)にあるワイン醸造場の事務所で、レンガ造2階建ての建物は明治36(1903)年に建てられました。
創業した神谷伝兵衛氏・伝蔵氏の父子は、神谷バーを経営していた他、前回ご紹介した稲毛別荘を所有していました。

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この旧事務室の他、旧発酵室と旧貯蔵庫の計3棟が残っており、シャトーカミヤ旧醸造場施設として国の重要文化財に指定されています。
設計は、三笠ホテル(長野・軽井沢町)と同じ岡田時太郎。
今でこそ上野から電車で1時間ほどの通勤圏ですが、創建された明治36年には常磐線は開通していたものの、泊まりがけで向かう場所だったと考えられ、事務室とはいえ、賓客の迎賓施設としての機能も備えていたようです。

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正門から、旧事務室の1階に開いたアーチ通路を通して、奥には旧発酵室が見えますが、昔の写真を見るとレールが敷かれていて、ワインを出荷するするときにトロッコに載せて運んでいたようです。

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by okuruma1970y | 2011-12-24 12:34 | 関東甲信越

旧神谷伝兵衛稲毛別荘(千葉)

21件目は千葉県千葉市の個人住宅をご紹介します。


旧神谷伝兵衛稲毛別荘は、千葉県 千葉市 稲毛区 稲毛(地図)にある元個人住宅(別荘)で、鉄筋コンクリート造2階建ての建物は、大正7(1918)年に建てられました。
神谷伝兵衛氏は、シャトー・カミヤ(牛久シャトー)や神谷バーを経営していた実業家です。

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来賓用の別荘として、当初は稲毛の海岸段丘の縁に建てられたようですが、現在は海岸線が国道14号になり、遠浅だった海はその後埋め立てられて遥か遠くへ。
海を間近に見ていたはずのバルコニーは、5連アーチが円柱で支えられています。
扇状の階段は庭とバルコニーとをつなぐだけでなく、背後が海岸段丘で玄関が設けられないため、バルコニーに設けられた玄関へのエントランスも兼ねています。

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国の登録有形文化財に指定され、現在は千葉市民ギャラリー・いなげとして一般に公開されています。

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by okuruma1970y | 2011-11-20 21:18 | 関東甲信越