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岩手銀行中ノ橋支店(岩手)

28件目は岩手県盛岡市の銀行建築をご紹介します。


岩手銀行旧中ノ橋支店は、岩手県 盛岡市 中ノ橋通(地図)にある旧銀行建築で、レンガ造2階建ての建物は明治44(1911)年に建てられました。
東京駅の建築家・辰野金吾と、地元出身の建築家・葛西萬司による設計の建物は、辰野式の典型です。

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当初は盛岡銀行本店として建てられ、その後は岩手殖産銀行本店、岩手銀行本店、同行中ノ橋支店として100年余りの間、銀行として使われ続けました。
老朽化伴い2012年8月をもって営業を止めて、2016年春の一般公開を目指して調査と修復を行っています(新聞記事)。

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平成6年には、現役の銀行ながら国の重要文化財に指定されました。

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# by okuruma1970y | 2013-03-09 11:18 | 東北

山形県庁舎(山形)

またまた空いてしまいましたが、27件目は山形県山形市の公共施設をご紹介します。


旧山形県庁舎は、山形県 山形市 旅篭町(地図)にある旧役所建築で、レンガ造石貼り3階建ての建物は大正5(1916)年に建てられました。
なお正面から見ると1階は半地下構造になっており、一見すると2階建てのように見えます。
郊外に新築された新庁舎へ移転した昭和50年まで、県庁舎として使われていました。

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その後、昭和61年から平成7年まで10年を掛けて大規模な修復工事が行われ、現在は山形県郷土館「文翔館」として一般に公開されています。
山形県出身の建築家・中條精一郎を顧問として、田原新之助が実務を担当して設計が行なわれました。
中條精一郎は、曽禰達蔵とともに曽禰中條建築事務所を設立し、慶應義塾大学図書館や小笠原伯爵邸をはじめ多くの建物を設計した人物です。

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県内に多くの洋館建築を推進した初代県令(県知事)三島通庸による木造の初代県庁舎(明治10年築)が明治44年の大火で焼失し、二代目の庁舎として建てられたものです。
中央部に塔屋を備え、左右対称という役所建築の典型的な構成です。
渡り廊下によってつながれた県会議事堂も同じ時期に建てられたもので、いずれも昭和59年に重要文化財に指定されています。

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# by okuruma1970y | 2013-01-14 13:57 | 東北

開智学校(長野)

またまた空いてしまいましたが、26件目は長野県松本市の学校をご紹介します。


旧開智学校は、長野県 松本市 開智(地図)にある学校で、木造漆喰壁2階建ての建物は明治9(1876)年に建てられました。
当初は女鳥羽川畔に建っており、昭和38年まで小学校として使われていたそうです。

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その後、昭和39年に現在地に移築され、現在は教育博物館として一般に公開されています。
工事費は約1万1千円とのことですが、教育を重んじる県らしく、うち約7割は松本町民の寄附によって集められたそうです。
大工棟梁・立石清重(たていしせいじゅう)によって建てられ、建築に先立って東京や横浜の洋館を見て回り参考にしたようです。

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昭和36年に重要文化財に指定されています。

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# by okuruma1970y | 2012-10-08 00:27 | 関東甲信越

黒羽根内科医院(群馬)

また少し空いてしまいましたが、25件目は群馬県伊勢崎市の病院兼住宅をご紹介します。


旧黒羽根内科医院は、群馬県 伊勢崎市 曲輪町(地図)にある病院兼住宅で、木造横羽目板張り2階建ての建物は明治45(1912)年に建てられました。
当初は、伊勢崎藩医の家系(娘婿)であった今村信四郎が、今村医院として同市本町に建てた後、戦後に黒羽根氏が購入して黒羽根内科医院となり、昭和59年まで使われていたそうです。

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その後、平成14年に伊勢崎市に寄贈され、本町から曲輪町まで100mほど曳き家(解体せず建物ごと移動させる工法)した上で、現在地で復元修理が行われました。
棟札から、設計技師:阿部石松、棟梁:藤丸兼吉、副棟梁:相崎倉吉によって建てられたことがわかっています。

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市民の公募により「いせさき明治館」と名付けられ、現在は街の拠点施設として利用されています。

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# by okuruma1970y | 2012-03-20 14:06 | 関東甲信越

青木周蔵那須別邸(栃木)

24件目は栃木県那須塩原市の個人住宅をご紹介します。


旧青木周蔵那須別荘は、栃木県 那須塩原市 青木(地図)にある個人住宅(別荘)で、木造スレート貼り2階建ての建物は明治21(1888)年に建てられ、その後の増築を経て明治42(1909)年に現在の形になりました。
この那須別邸は、明治中期に伊藤博文を始めとした明治の元勲が開拓した農場の一つとして、青木周蔵が開いた青木農場内に建てられた別荘でした。

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青木周蔵は、ドイツ留学の後に外務省に入省し、駐独公使や外務大臣、駐米大使を務めた外交官で、留学や赴任を通してドイツと関係が深く、駐独公使在任中にドイツ貴族の令嬢・エリザベートと結婚したことなどから、ドイツ翁とも呼ばれていたそうです。
設計は、ドイツで建築を学んだ松ヶ崎萬長(まつがさき つむなが)で、公家の家系ということもあってか男爵も授与されていました(後に返上)。
松ヶ崎が設計した建物は、台湾の新竹駅舎など国外には現存しているものの、この那須別邸は国内に現存する唯一のものです。

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現在は国の重要文化財に指定され、当初の場所から50mほど移されて、道の駅「明治の森・黒磯」内で一般に公開されています。

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# by okuruma1970y | 2012-01-29 11:23 | 関東甲信越